東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2403号 判決
≪証拠≫によれば、本件洗車場は、専ら陸上自衛隊の管理、使用する車両の洗車のために供用されている施設であって、戦車(装軌車)又は自動車(装輪車)合計四台を同時に洗車することができること、その利用者は陸上自衛隊員、しかも通常は戦車、自動車等の運転手に限られており、本件事故発生当時は主として本大隊、第一一特科連隊第五大隊及び第一一施設大隊所属の隊員が共同して使用するように指定されていたこと、その利用は、通常、中隊幹部等が洗車の要員及び時間を調整し、作業区分を指定するなどして、一定の計画のもとに行なわれていたこと、更に、本件傾斜面は、本来、右洗車場のコンクリートの床面に堆積する土砂の捨て場として利用されていた場所であって、土質が軟弱であるとともに、面積が狭く、しかも、同所で洗車をすると土砂が多量に洗車場内に流れ込むことになるので、洗車には甚だ不適当な場所であったことが認められる。
(五) ≪証拠≫によれば、本件事故発生当時の本件傾斜面は、捨てられて堆積した土砂等の上に雑草が生い茂った土地であって、コンクリート舗装等が施されていないのはもとより、格別の整地もされていない凹凸のある斜面であったこと、孝男が本件自動車を進入させた地点付近における東西方向の断面形状は、高さ約七〇センチメートル(本件洗車場のコンクリート舗装面を基準にしたもの)に対し底辺約二メートル、その東側約半分の勾配約一四度、西側約半分の勾配約三〇度であったこと、そして、孝男が右自動車を停車させた地点の右先端部分は、特に低い窪地になっていたことが認められる。
(六) ≪証拠≫によれば、本件事故発生当時本件洗車場に駐車していた本件戦車を含む戦車四台は、いずれも前日に洗車を終了し、その後乾燥のために同所に置かれていたものであること、その当時右洗車場には右戦車以外に洗車実施中の車両は全くなかったこと、右事故発生の時点に近い午後零時一〇分ごろ、たまたま本中隊の三等陸尉訴外上村昭夫から第四中隊(右戦車の所管中隊)の当直幹部に対し、午後二時ごろから自隊で本件洗車場を使用するので右戦車を移動してほしい旨の依頼があり、その依頼に基づき右戦車の移動命令が発されたこと、その命令に伴い、先ず第四中隊の一等陸士訴外郡司栄久男が右戦車に覆ってあったシートを取り外すべく右洗車場に赴き、本件事故の発生を最初に発見したものであることが認められる。
(七) ≪証拠≫によれば、孝男が本件傾斜面に本件自動車を停車させた際の同車の状況は、右側の前輪及び後輪は勾配約一四度の斜面上に、左側の前輪及び後輪は勾配約三〇度の斜面上にそれぞれあって、車体全体がかなり右側に傾いており、しかも、右側の前輪の下の部分は前記の窪地になっていたこと、孝男は、右停車の際、エンジンは停止させた(但し、エンジンキーは差し込んだままであった。)が、ギアは中立にしたままであったことが認められる。なお、右停車の際孝男がサイドブレーキをかけていたか否かについては、右証拠の中に相反する証拠があり、いずれとも確定しがたいが、当事者間に争いのない、本件自動車と本件戦車との衝突の状況と、前掲乙第三号証(同証によれば、本件自動車を、ギアーは中立にし、サイドブレーキはかけていない状態で本件傾斜面に停車させた場合には、同車は約一メートル滑走するが、ギアーは中立にし、サイドブレーキは完全にかけた状態で右同所に停車させた場合には、同車は約七センチメートル滑走するにとどまることが認められる。)とを総合して考察すると、孝男がサイドブレーキを一応かけていたとしても、それは完全にはかかっていなかったのではないかとの疑いを否定することができない。
(八) ≪証拠≫によれば、孝男が本件傾斜面に本件自動車を停車させた際における、同車の位置と本件戦車の位置との間隔は、最も狭いところ(同車の右側前部)で二五センチメートルないし三〇センチメートル足らず、最も広いところで一一〇センチメートルを僅かに超える(但し三〇センチメートルに満たない。)程度であったこと、そして、本件事故発生後においては、本件自動車の前部右側フェンダー部の高さ一・四〇メートルのところに長さ四五センチメートルの損傷痕が、また、本件戦車の後部左側(同戦車からいえば右側)の高さ一・三〇メートルのところに長さ二五センチメートルの損傷痕がそれぞれ生じていたことが認められる。
(九) ≪証拠≫によれば、本件事故発生後孝男が同僚隊員によって発見された際には、同人は、本件自動車と本件戦車との間に、北向きに立ったままの姿勢ではさまれており、頭は幾分前方に下げ、足は地上に爪先を立てるようにしていたこと、同人の身体の前方の地上には、同人が着用していたと思われるヘルメット及び同人が本件自動車の運転台と荷台の間から取り出したと思われる車輪止めが落ちていたこと、そして、同人が同僚隊員により救出された直後には、同人の脈搏はかすかに動いていたが、すでに失神しており、呼吸も止っていたことが認められる。
(一〇) ≪証拠≫によれば、孝男の死因となった傷病名は胸部圧挫傷で、これは、同人の胸部に強大な圧力が比較的ゆっくりかかり、そのため、胸廓が強く圧迫され、胸腔内圧がたかまり、呼吸及び循環に重大な急性の障害を来した結果生じたものであることが認められる。なお、≪証拠≫によれば、孝男には骨折は認められない。
(一一) ≪証拠≫によれば、本件事故発生時の天候は晴天であった。
3 以上に認定した事実関係(当事者間に争いのない事実関係を含む。以下同じ。)に基づいて考察すると、本件事故の発生に関する被控訴人側の責任原因の存否はともかく(この点については、次の二において判断する。)、右事故は、本件自動車の操縦者であった孝男自身に同自動車の本件傾斜面への乗入れないしその停車の際の措置について重大な過失があり、それが直接の原因となって発生したものであると認めざるをえない。
二 被控訴人の責任原因の存否
1 公の営造物の設置及び管理の瑕疵
(一) 控訴人は、先ず請求原因3(一)において、被控訴人の本件洗車場及びこれを含む本駐とん地内の洗車場全体の設置及び管理には瑕疵があったから、被控訴人には本件事故による損害につき国家賠償法第二条第一項に基づく賠償責任があると主張するので、その主張の当否について判断する。
(二) ≪証拠≫によれば、本件事故発生当時本駐とん地内には、本件洗車場を含めて七か所の洗車施設が設置されていたが、それらの洗車施設は、いずれも陸上自衛隊によって占有、管理され、専ら同自衛隊の管理、使用する車両の洗車のために供用されていたものであることが認められるから、本件洗車場を含む右各洗車施設は、いずれも国家賠償法第二条第一項にいう公の営造物に該当することは明らかである。
(三) しかしながら、国家賠償法の右条項にいう公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるとは、当該営造物の設置場所、用途、構造、形態、利用状況等の諸般の事情を総合考慮して、その営造物がその設置又は管理上本来備えるべき安全性を欠いていると認められる場合を指すのであるが、当該営造物が右のような意味での安全性を欠いているか否かは、その営造物の利用者が通常の注意力をもってその営造物の通常の利用方法に従いこれを利用することを基準として判断すべきものであって、このような基準に従い判断してその営造物が右のような意味での安全性を有すると認められる場合には、仮にその利用者に重大な過失があるとか、その利用者が営造物の通常の利用方法に従わないために事故が発生し、しかも、その事故が営造物の設置管理者の予測することができないようなものであるときには、その事故は当該営造物の設置又は管理の瑕疵によって発生したものとはいえないものと解すべきである。
そこで、これを本件事故について考察するに、前記一で認定の本件洗車場の設置場所、用途、構造、形態、利用状況等の事情を総合考慮するとともに、同洗車場を利用する陸上自衛隊員(前記認定の事実関係からすると、本件洗車場の利用者は、陸上自衛隊員、しかも通常は戦車、自動車等の運転手に限られている。)が自衛隊員としての通常の注意力をもて同洗車場の通常の利用方法に従いこれを利用することを基準として判断すれば、本件洗車場は、本件事故発生当時、その設置又は管理上本来備えるべき安全性を欠いていたとはいえないものというべきである(なお、≪証拠≫によれば、本件洗車場の設置場所は、控訴人の主張するとおり、比較的人目につきにくい場所であったと認められるが、そのことを考慮しても、右結論が左右されるものではない。)。他方、前記一で認定の事実関係からすると、本件事故は、本件自動車の操縦者であった孝男が本件洗車場の通常の利用方法に従わないでこれを利用しようとしたために発生したものであるとともに、孝男自身に右自動車の本件傾斜面への乗入れないしその停車の際の措置について重大な過失があったために発生したものであると認めざるをえないし、しかも、右事故は、その性質、態様等から見て、全く稀有、異例の事故であつたというべく、右洗車場の設置管理者である陸上自衛隊当局者において予測することが困難なものであったといわざるをえない。そうすると、本件事故は、本件洗車場の設置又は管理の瑕疵によって発生したものとはいえないものと解するのが相当である。
なお、証人赤羽三男(当審)の証言によれば、同人は昭和四〇年三月から同四八年七月までの間本駐とん地内における洗車施設の整備、管理の責任者の地位にあったものであるところ、その当時における本駐とん地内の洗車施設の構造、形態等はいずれも本件洗車場のそれと大同小異であったが、本件事故が発生するまでの間に、それらの洗車施設の周辺部が本件傾斜面のような傾斜地となっているために、本件事故のような人身事故が発生したり、車両が滑走したりした例はなかった旨供述しているが(そして、この供述内容に相反する証拠は存在しない。)、これは、以上に述べた結論を裏付ける一つの資料ということができる。
(四) ところで、控訴人は、請求原因3(一)の主張の中で、本件事故発生当時、本駐とん地内においては、陸上自衛隊の使用、管理する車両数に比し、洗車施設が貧弱であったため、水洗設備の完備した本件洗車場の利用率がきわめて高く、本件傾斜面等での洗車もしばしばあり、従って、そのような洗車は右洗車場の通常の利用方法であったかのごとく主張している。そして、本件事故発生当時本駐とん地内には、本件洗車場を含めて七か所の洗車施設があったことは、前記認定のとおりであり、また、≪証拠≫によれば、右事故発生当時本駐とん地内において陸上自衛隊が使用、管理していた車両数及びそのうち通常本件洗車場を使用するように指定されていた本大隊等使用、管理の車両数がいずれもほぼ控訴人主張のとおりであったこと、その当時演習の終了後や車両検査の準備段階等で洗車場の利用が輻輳する場合には、洗車場外での洗車も例外的に行なわれることがあったことを認めることができる。しかし、<中略>右各証拠によるも、洗車場外での洗車、特に本件傾斜面での洗車が自衛隊当局によって公認されている洗車場の通常の利用方法であったとは認めることができない。のみならず、本件傾斜面は本来本件洗車場のコンクリートの床面に堆積する土砂の捨て場として利用されていた場所であって、土質が軟弱であるとともに、面積が狭く、しかも、同所で洗車をすると土砂が多量に洗車場内に流れ込むことになるので、洗車には甚だ不適当な場所であったこと、更に、本件事故発生当時の本件傾斜面は、そこに堆積した土砂等の上に雑草が生い茂った状況であって、格別の整地もされていない凹凸のある斜面であり、その勾配も、孝男が本件自動車を進入させた地点付近においては、東側約半分か約一四度、西側約半分が三〇度であったことは、前記一で認定したとおりであるし、右地形自体と、≪証拠≫とによれば、右事故発生当時本件傾斜面が右のような状況であったことは、外観上一目瞭然であって、孝男を含む本件洗車場の通常の利用者には周知の事実であったと認められる。そうすると、本件事故発生当時本件傾斜面を含む洗車場外での洗車が例外的に行なわれることがあったとしても、そのことだけで本件傾斜面での洗車が本件洗車場の通常の利用方法であったとは到底いうことができないし、また、そのような洗車が右洗車場の通常の利用方法といえないことは孝男を含む右洗車場の利用者には十分に了解されていたものと推定すべきである<中略>。従って、控訴人の右主張は、その理由がなく、採用することができない。
(五) また、控訴人は、請求原因3(一)の主張の中で、被控訴人が本駐とん地内における洗車場の増設、整備、本件傾斜面への車両の乗入れの防止、洗車前後の車両の残置の禁止等の措置を講じていなかったがために、本件事故が発生したかのごとく主張している。そこで、右主張の当否について考えるに、被控訴人に右主張のような作為義務違反ないし落度があったといえるか否か、また、そのような作為義務違反ないし落度があったとしても、それが国家賠償法第二条第一項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵に該当するか否かについても検討を要する問題があるが、それらの検討はさておき、仮に被控訴人に右主張のような作為義務違反ないし落度があったとしても、そのことと、本件事故発生との間には、相当因果関係がないと解すべきである。すなわち、先ず、本件事故発生当時本件洗車場には本件戦車を含む戦車四台があったが、いずれも前日に洗車を終了し、その後乾燥のために同所に置かれていたものであり、しかも、右事故発生のころには右戦車の移動命令が発されていたこと、そして、その当時本件洗車場には右戦車以外に洗車実施中の車両は全く存在しなかったことは、前記一で認定したとおりである。また、≪証拠≫を総合すれば、右事故発生当日本件洗車場では、午後二時ごろから本中隊の戦車数台の洗車が行なわれることになっていたが、それ以外には同日中右洗車場で洗車される予定の車両はなかったことが認められ、従って、少なくとも本件事故発生当日は本件洗車場を利用する車両が格別多かったわけではなく、むしろ非常に少なかったというべきであるし、前記一で認定した孝男の地位、経歴等からすれば、右のような事情は孝男もこれを熟知していたものと推測される。そうすると、孝男としては前記四台の戦車が移動されるのを待つとか、その移動を求めるとかしたうえ、本件洗車場内において本件自動車を洗車することが十分に可能であったし、また、仮に本件傾斜面等洗車場外で洗車するとしても、本件戦車との間の距離を十分にとったうえ衝突するおそれのない安全な場所に本件自動車を停車させることが十分に可能であったというべきであり、そして、孝男の前記地位、経歴等からすれば、同人に右のような行動を期待することは決して無理なことではなかったと考えられる。しかるに、前記一で認定の事実関係からすれば、孝男は、何故かそのような行動には出ないで、漫然、複雑な勾配がありかつ凹凸もあることが明らかな本件傾斜面に本件自動車を乗り入れるとともに、本件戦車の停車位置に極めて接近した場所に停車し、更に、その際右のような傾斜地に停車する場合に自動車を滑走させないためにとるべき自動車運転手としての適切な措置を怠ったものというべきであって、前記したとおり、本件事故は同人の重大な過失によって発生したものと認めざるをえない。しかも、右事故は、その性質、態様等から見て、稀有、異例の事故であって、本件洗車場の設置管理者である陸上自衛隊当局者の予測することが困難なものであった。そうすると、仮に被控訴人に控訴人の主張するような作為義務違反ないし落度があったとしても、そのことと、本件事故発生との間には、相当因果関係がないと解するのが相当であって、控訴人の右主張も結局採用することができない。
(六) なお、≪証拠≫によれば、本件事故発生後少なくとも昭和五〇年六月ごろまでの間に、本件洗車場の西側の本件傾斜面を形成していた土地部分に高さ約七〇センチメートルの土盛りがされたうえ、その土盛りの東端に厚い板で側壁が設けられたこと、また、右土地部分とその西側を走る東一号道路との中間の草地に、右洗車場を管理する本大隊の名で同洗車場の使用規則を記載した立札が設けられ、その規則の中に「進入は北側から誘導員をつけて行い、進出路は解放しておく。車両には必ず輪止及びサイドブレーキをかけ、車間二メートル以上離す。洗車は二名以上で行い、洗車前後の車両を残置しないこと。」などの項目が掲げられていることが認められる。しかしながら、≪証拠≫によれば、右の土盛り及び側壁は、本件傾斜面等の土砂が本件洗車場内に流入するのを防止するとともに、車両が右洗車場内に側面から進入するのを禁止するために設けられたものであること、また、右立札は、本件洗車場の利用に関し本件事故のような利用者の不注意による不慮の事故が発生したことに鑑み、将来そのような事故が再発するのを防止する趣旨で念のために設けられたものであることが認められるから、右認定の事実は何ら前記の判断を左右するものではない。
(鰍澤 沖野 奥村)